「年30件に賭けない」──a16zの元バイオ投資責任者が語る、AI創薬の次の勝ち筋

米TechCrunchは、Andreessen Horowitz(a16z)で約40億ドル規模のバイオテック投資部門を率いたVijay Pande氏が、より小規模でAIネイティブな新ファーム「VZVC」を立ち上げた背景を報じています。テーマは、バイオロジーが「発見の科学」から「エンジニアリングの科学」へ移行しつつあるという大きな変化です。

「a16zで約40億ドル規模のバイオテック部門を率いたVijay Pande氏は昨年、同社を離れ、より小規模でAIネイティブなVZVCを立ち上げた。」

「Pande氏は、なぜ生物学がついに“発見”の科学から“エンジニアリング”の科学へ移行しつつあるのか、なぜ臨床試験はいまだに非常に高額なのか、そして医療をAIが本当に変革するには、囲い込まれたデータではなく、オープンで共有されたデータセットが必要だと考える理由を語った。」

バイオは「発見」から「設計」へ──AI創薬の本質的な転換点

Pande氏の発言で最も重要なのは、生物学を「発見するもの」ではなく「設計するもの」と捉え直している点です。従来の創薬は、膨大な候補物質を試し、偶然性も含めて有望な反応を見つけるアプローチが中心でした。一方でAIの導入により、タンパク質構造、分子相互作用、疾患メカニズムをモデル化し、仮説を立てて検証するサイクルを高速化できるようになっています。

日本でもこの潮流は無視できません。製薬大手や大学発スタートアップがAI創薬に取り組む例は増えていますが、単にAIツールを導入するだけでは差別化になりにくくなっています。今後の競争力は、どれだけ質の高い実験データを継続的に生み出し、そのデータをAIモデルの改善に結びつけられるかに移っていくでしょう。

「小さく賭ける」投資戦略が意味するもの

元記事タイトルにある「年30件の投資はしない」という姿勢は、AIバイオ領域の成熟を象徴しています。生成AIブームでは、多数のスタートアップに広く投資する戦略が見られましたが、医療・バイオ領域では臨床試験、規制対応、製造、保険償還など、ソフトウェアよりはるかに長く重いプロセスがあります。

そのため、数を打つよりも、科学的妥当性、データ基盤、実験能力、規制戦略まで見極めたうえで厳選投資する必要があります。日本の投資家にとっても、AI創薬スタートアップを評価する際には「AIモデルの性能」だけでなく、臨床現場や製薬企業とつながる実行力が問われる局面になりそうです。

臨床試験のコストはAIだけでは下がらない

Pande氏が指摘するもう一つの現実は、臨床試験が依然として非常に高額であるという点です。AIが候補薬の探索や前臨床段階を効率化しても、人間を対象とする臨床試験では安全性・有効性を厳密に確認する必要があります。ここはアルゴリズムだけで省略できる領域ではありません。

特に日本では、治験参加者の確保、医療機関との連携、規制当局との調整がスタートアップにとって大きな壁になります。AI創薬企業が成功するには、研究開発だけでなく、治験設計やリアルワールドデータの活用、海外市場を見据えた開発戦略が不可欠です。

日本市場で鍵を握るのは「データ共有」の設計

Pande氏が強調する「オープンで共有されたデータセット」は、日本にとって特に重要な論点です。日本は国民皆保険制度により、医療データの潜在的価値が非常に高い国です。しかし実際には、病院ごと、研究機関ごと、企業ごとにデータが分断され、AIが学習しやすい形で利用できる環境はまだ十分とはいえません。

もちろん医療データにはプライバシー保護が不可欠です。しかし、過度な囲い込みが続けば、AI医療の進化は遅れます。匿名化、合成データ、フェデレーテッドラーニングなどの技術を組み合わせながら、安全に共有できる仕組みを整えることが、日本の医療AI競争力を左右するでしょう。

AIバイオの勝者は「モデル」ではなく「データ循環」を持つ企業に

今回の話から見えてくるのは、AIバイオの主戦場が単なるモデル開発から、データを生み、検証し、改善する循環システムへ移っているということです。AIが予測し、実験が検証し、その結果が再びAIに戻る。このループをどれだけ高速かつ高品質に回せるかが、次世代の創薬企業の競争力になります。

日本企業にとっても、製薬会社、大学、病院、AIスタートアップが個別に動くだけでは限界があります。共同研究やデータ連携を前提にしたエコシステムを作れるかどうかが、海外勢との差を縮める鍵になります。Pande氏の「小さく賭ける」という姿勢は、単なる慎重論ではなく、AI医療の本質を見極めた選別の時代に入ったことを示しているのかもしれません。